とある土曜日の午前中 ベッドの交換のために出勤し退社。
午後は浅草でそばでも食べて帰ろうとしたところ なぜか浅草は激混!!
そう、この日は浅草サンバカーニバルの日だったのです。
(9月と思っていたら8月26日でした)
サンバカーニバルといえば自分のなかでは<あの>イメージですが、実際に露出度の高い人は全体の一部。アニメのコスプレの人もいればマーチングバンドスタイルのチームもいました。
これを見て施設で働いていた時の事をちょっと思い出しました。
失語症で ほとんど声を発することもない高齢の男性の方(Sさん)がいたのですが食欲もなく体重も減少する一方で日に日にやせ細り、最後に一度ご自宅へと考えているところに ボランティアでダンサーの方が踊りにきてくれました。
それが<あの>スタイルのダンサーさん達です。
Sさんは全介助でしたので半ば強引な感じで車いすをダンサーさんのいるところへつれていったのですが、ぷるぷるのダンサーさんを目の前にしたSさんの表情はあきらかに普段の無表情な顔ではなくなっていきました。
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ヽ((◎д◎ ))ゝドオォォォォヽ((◎д◎ ))ゝドオォォォォ
その顔のまま死んでしまうのではないかと思いましたが、
普段の無表情な状態よりあきらかに嬉しそうだったので みんなでそのままにしました。
Sさんは、その後少しずつ体重が増え 褥瘡(床ずれ)になりそうだった背中の皮膚も快復し、それから2年後にお亡くなりになりました。
援助をしている人間は、どこかで自分たちの援助によって少しでも利用者の方が救われてほしいというエゴを持っていたりするものですが、
実際のところ、利用者の方の救いはどこか別のところにあるのかもと、今でも時々 Sさんの嬉しそうな顔を思い出し、それが自分への戒めになっていたりします。